12/20/2002

監督ポールソン、ハリウッドデビューは震えるスリラー“スイムファン”

johnpolson (この文章は2002年12月にニフティG'day from Downunderに掲載されたものです。)

シティの中心に紀伊國屋書店が出来た。日本の書籍も豊富でうれしい今日この頃。そこで先日、日本でも大人気の水泳選手イアン・ソープのサイン会が行われた。 処女作‘Live Your Dreams’の出版記念の催しであったが、老若女性を中心にたくさんのファンが集まったそうだ。水泳だけでなく、文才にも恵まれ性格も良いとなれば、ぜひお近づきになりたいと願う熱狂的なファンも多いことだろう。

 “Swimfan”は、イアン・ソープを彷彿とさせるところの将来有望視されている水泳選手が、偏狂的な一人のファンによって、歯車を狂わされ、すべてが自分のコントロールの効かない世界へと転落していくサスペンススリラー。ジョン・ポールソンのハリウッドデビュー作品だ。このコラムを最初から読んでくださっている方はご存知の、今や世界最大の短編映画祭、トロップフェストの創始者であり、俳優であり、また監督としては‘サイアム・サンセット’(2000年ゆうばり映画祭に出品)で長編に挑戦し、数々の賞を受賞したポールソン。とうとう、オーストラリア監督としては、夢に近いハリウッドデビューを果たした。まだまだ、メジャー作品の中には入らないが、それでも全米公開の初日には堂々の一位を飾ったのだ。

  彼の成功の裏には、トロップフェストにも多額の出資をしているトム・クルーズの熱心なサポートがあったといわれている。トム・クルーズといえば、ここオーストラリアではシドニー出身の二コール・キッドマンの元ご主人という位置付け。一緒に里帰りしたりして、娘婿的な人気があったが、離婚後、オーストラリアでの人気は(少なくともシドニーでは)ちょっと下降したことは否めない。二コール共々ポールソンと仲良しだったトムは、前作の‘サイアム・サンセット’を観た後、豪く気に入って、業界有力者を次々と紹介してくれたそうな。“MI:1”への出演依頼もそんな折と聞く。とんとんと話はすすんで… ハリウッド監督デビューそして、“Swimfan”の公開時には既に3作目(しかも今作に比べ大幅予算アップ)の制作に入っているのである。さすがポールソン、かなりの商売人と見たぞ!! 

  水泳奨学生として大学入学を心待ちにする高校生のベン(Jesse Bradford)は、競泳界の次代を担う期待の星だ。ガールフレンドのアミ-とは、大学に入って離れ離れになっても、ずっと一緒にいようと将来を誓い合っている。ある日、転校生で金髪グラマーの(これはやはり重要な要素らしい)マディソンと、ひょんな事から知り合いになったベンは、彼女と一夜の関係を持ってしまう。彼女の方から、このことは二人の秘密とし、友達でいようねと言われ、安心(?)したのも束の間、実は彼女の執念は深く、彼を付け狙うのだった。

  いわばハイスクールドラマ版‘危険な情事’(’87)。グレン・クローズが美味しい役どころで、アカデミー賞にノミネートされたように、“Swimfan”でもマディソン役のエリカ・クリステンセンが熱演。静かにチェロを弾いている姿や、白目をむくような顔だけでも怖い!それが最後には…Oh,No! 高校生の女の子にいくらなんでも、そんな怪力ないだろう!?と突っ込みをいれながらも、やはり怖い!

  イアン・ソープ君はこの映画を観ただろうか? 女の子恐怖症にならなければ良いけどねとつくづく思わざるを得ない。

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11/20/2002

ニュータウンとアレックスのガレージ・デイズ

(この文章は2002年11月にニフティG'day from Downunderに掲載されたものです。)

Newtown1 先週末、シドニーのニュータウンでお祭りがあった。ニュータウンはグリーブ、パディントンと並び、若者に人気の町だ。“プリシラ”の舞台となったオカマショーパブがあるのもこの町である。メインストリートには、お洒落なカフェやレストラン、古着屋さんや家具屋が立ち並ぶ。フェスティバルはニュータウン駅近くの公園を中心に、いくつかのステージができてコンサートあり~の、屋台(食い物+もちろんビール、ワイン)あり~の、アート系露店あり~ので、さすがに若い人が多いのだが、もちろん子供連れや、犬、猫、鳥連れの人々もいる。シティのエグゼクティブと違うファッションもかなりユニークな人が多くておもしろい。

 このニュータウンを舞台にした映画“ガレージ・デイズ”は、あの“クロウ”(‘94)、“ダークシティ”(‘98)の監督、アレックス・プロヤスの新作。ニュータウンのガレージを稽古場とする、売れないロックバンドのメンバーたちが、何とかしてスターダムに伸上がりたいという同じ夢に向かって、悪戦苦闘するコメディだ。コメディ!? そう。 アレックスファンには、今までのダークなSF映画のイメージから、想像出来ないに違いない。 

 全編ほとんどがニュータウンのパブやカフェで撮影された。バンド経験のまったくない、バンドのメンバー役は5ヵ月間、みっちりとキングスクロスのスタジオで、アレックスが昔、ビデオクリップを作ったというミュージシャン達から、ロックンロールとは? を学んだという。とはいえ、ただのミュージック映画ではない!(CDは売れているようだが)バンドの練習シーンは多いが、彼らの歌がちゃんと聴けるのは最後の最後だ。

 おもしろいのは、映画学校の生徒達が手をたたいて大喜びしそうなSFX、実験的な‘Fun with Drags, Part1Part2’。日本では、この部分のためにR指定になるんじゃあないかしら?!っていうくらいぶっ飛んでいる。

 バンドメンバーは、リーダーでボーカルのフレディ(Kick Gurry)を始め全員、正直言ってカッコ悪い。紅一点のギタリストは‘Lokking for Alibrandi’のピア・ミランダ。追っかけで突然フレディと恋に落ちるケイト役のMaya Stangeは美味しい役どころを好演。もう一人のギタリスト、ジョーは少しづつ精神を病んでいる。彼の夢想の恋人、アンジ-はダークなアレックスの世界である。

 最後に夢が叶ってバン万歳!というハッピーエンドにならないところが、アレックスらしくていい。これはビデオクリップ制作から長編映画の監督となったアレックスが、原点(少ない予算、小人数のスタッフなど)に戻って作った、自分の青春へのオマージュだ。

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オーストラリアン・ルール

(この文章は2002年11月にニフティG'day from Downunderに掲載されたものです。)

class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt">2003年は4年に一度のラグビーワールドカップが、オーストラリアはシドニーを含む10都市で開催される。早々に、去る10月10日からチケットの予約発売が始まった。

 今年のワールドカップのサッカー熱は日本と韓国にとどまらず、オーストラリアでもサッカーブームに沸いたのだ。が、それも束の間、冬と共にサッカーは去り…(さようなら~っ)なぜならオーストラリアはラグビーの国なのだ!この国では、サッカーの時期(冬)は短く、ラグビーの時期は長い(ような気がする)。子供達はラグビー選手のシールを集めているし、私が子供のころ、男の子たちが押しなべてみんな、プロ野球選手になりたかったのと同じくらい純粋にラグビー選手になりたい小僧たちが一杯いる!! ラグビーと一言で言っても、実はいろいろな種類があるらしい。四角いフィールド以外に長丸型のフィールドで試合をするものまで…(何度説明されても良く違いがわからない私)。なかでもAFLと呼ばれるオーストラリアン・ルールのラグビー、通称フッティ-は人気だ。

 “オーストラリアン・ルール”と言うタイトルの映画がメルボルン映画祭を皮切りに公開となった。 原作は、実際にあった事件を一部題材として書かれ、衝撃を与えた問題作‘Deadly Unna?’(Philip Gwynne著)。小説は白人の少年の目を通して書かれた60年代だが、映画の方は現在の物語に置き換えられている。

 西オーストラリア州の小さな田舎町に住むブラッキーは、16歳の高校生。地元のオーストラリアン・ルール・フットボールに参加しているが、特に才能があるわけでもない。一方、親友のダンビ-はチームの半数を占めるアボリジニ(先住民)の中でもトッププレイヤーだ。二人の関心は、セクシーな歌手(カイリ-ミノーグ?)の話題とフットボール。小さな町には今だ人種差別があり、ただ1件あるパブも白人客とアボリジニ客用のふたつの入り口があって、隔たれている。ブラッキーはダンビーの美しい妹にひそかに想いを寄せているが…周囲はもちろん良い顔はしない。

フットボールの試合の時が唯一、町がひとつになるときだ。物語はフットボールのグランド・ファイナル試合を境に、別の局面を見せ始める。

 1977年、西オーストラリアの田舎町で、パブに押し入ったアボリジニの若者二人が、パブの店主に射殺された。その後、店主は正当防衛と言うことで、無罪となり釈放される。小説のモデルとなった実際に起きた事件だ。

 殺された少年の親族や町の人々が、映画の上映に反対したらしい。白人にこの話を語る権利はないと…。(これは映画制作以前の問題だ)確かに、まだ健在の遺族の方々や関係者には、つらく思い出されることだろう。傷が癒されるには、まだまだ時が浅すぎる。しかし、映画はドキュメンタリーではなく、人種差別反対の立場を取っているのは明らかである。

 未だにアボリジニとの和解問題や人種政策など大きな問題を抱えているオーストラリア。私としては、コアラとカンガルー、太陽と自然一杯の国としての認識だけではなく、その辺のところを知り考える為にも、ぜひ多くの方に見ていただきたいと思うのだが。

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10/20/2002

トニ・コレットとシドニーの古き良き時代

(この文章は2002年10月にニフティG'day from Downunderに掲載されたものです。)

“アバウト ボーイ”でヒッピーで鬱気味の母親を好演のトニー・コレッタは、ハリウッドで活躍中のオーストラリア女優の一人だ。“シックス・センス”のシングルマザ-役でアカデミー賞、助演女優賞にノミネ-ションされたのは記憶に新しい。が実は、17歳の時からキャリアは充分の演技派。20歳の時に主演した“ミュリュエルの結婚”はオーストラリアで大ヒットし、一躍大人気となった。役作りのために20Kg近くの体重を増やしたそうだ。既に約10年前であるのに、あの強烈な個性は今でも忘れられない。昨年、トロップフェストでお見かけしたときには‘ずいぶん細い人なんだあ’とびっくりした。みんなからそう言われるという。

 シドニー郊外のブラックタウンで普通のワーキングクラスの家庭に生まれたシドニーサイダー(シドニー育ちのシドニーッ子)。10年生(高校1年)の時に、どうしても演技がしたいと両親を説得して学校を辞めた。映画初出演は、17歳の時の“Spotswood”というから、もともと演技の素質がある人だったのだろう。最近はハリウッド映画ばかりでご活躍かと思いきや、この豪映画‘ダーティ・ディード’では、ツヨ~い極道の妻をカッコよく演じている。制作・主演の往年不良俳優のブライアンがラブコールを送りつづけたらしい。 

 1969年シドニー。 マフィアのバリー(ブライアン・ブラウン)にとって、世界は彼を中心に回っているようなものだ。いかさま賭博にポーカーマシーン、ナイトクラブ、娼婦、もちろんお金には困らない。血なまぐさい事件さえも、彼の息がかかった刑事レイ(サム・ニ-ル)が処理してくれる。可愛い息子と魅力的で賢い妻(トニー・コレット)、若い恋人と私生活も充実している。ある日、彼のもとに甥がベトナム戦争から帰って来る。バリーは彼を一人前の男にしようと、一緒に連れ回す。そんな時、アメリカはシカゴから二人のイタリアン・マフィアが訪ねて来て…バリーは彼らをオーストラリア風(?)にもてなすことにするが…。

 ポーカーマシーンのクールなタイトルロールからテンポ良く、爽快・豪快・ブラック・クライム・スリラー・ファミリー・ラブ・青春・コメディ… と、ジャンル分けに困るのだが、あえて言えば、ノスタルジック・ブラックコメディと言ったところかな。5cを入れるポーカーマシーンやフラワーチルドレン、大きなサングラスにパンタロン、アフロヘア、そして、マフィアと悪徳刑事… 古き良き時代って言うのかな? 何故だか、みんな懐かしい風景なのだ。

 脚本は、本当にあった事件、実在の人物に基づいているそうなので、オーストラリアにもこんな時代があったのかあ? と気づかされる。もうひとつ、面白いのは、この時代にまだ誰も知らないへんな食べ物‘ピザ’がアメリカから(イタリアではない!!)やってきたってこと。この国の移民の歴史を考えるともちろんちょっと、眉唾だけど、シカゴのイタリアン・マフィアが脱サラ(とは言わないか、脱マフ?)して、ピザの店をシドニーに作ったのがオーストラリアのピザの始まり、なんて、本当だったら愉しいではないですか!?

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08/20/2002

ここでもベッカム大人気、シドニー映画祭

(この文章は2002年8月にニフティG'day from Downunderに掲載されたものです。)

今年、シドニーは例年より1ヵ月早く冬が来たと言われ、5月中旬からもう既に寒い日々が続いた。そのかわり、一年で一番寒い7月に入って、一足早く暖かくなってきた様だ。冬と言えば、もちろんシドニー映画祭!! 今年は6月7日から21日まで。ちょうどサッカーのW杯とぶつかり、事務局は蓋を開けるまで、それなりの憂慮もあったはずだが、案ずるより産むが易し…でなんのこれしき!と実際、入場人数では例年を上回ったようだ。  

 オーストラリアチームは予選落ちとは言え、移民大国のこの国、もちろんW杯の方も、それなりに盛りあがっていた。顔にペイントし、国旗を纏ったような人々がビール片手にスポーツパブで声援するのを尻目に、映画祭会場のステートシアターに通う日々。さすがに日本の試合があるときは少し小さくなって… 日本の勝利を願いつつも、ワイン片手に映画三昧。ヒコクミンと呼ばれたってイイモ-ンだ、これぞ‘正しい冬の夜の過ごし方’なのだ!! 

 朝10時から夜は11時、12時過ぎまで152本(うちショート70本)の上映はまた、寝不足と体力勝負の2週間でもある。ステートシアターで上映の約40本のうち、残念ながら、体調(不覚にも風邪をひいた!)と仕事の関係上、全部で27本を観るのみで終わったが、全体的には昨年に比べ、作品すべて小ぶりの印象。その中で、私が独断と偏見で選んだ1位は、またしても観客が選ぶTOP10の1位と同じ結果であった。イギリスでの大ヒットを受けて、口コミで話題も広まり、各国での配給が決まっているイギリスのコメディ“Bend it Like Beckham”(ベンド イット ライク ベッカム)がその作品。オーストラリアでは、その後公開され、サッカー人気にも便乗し、8月になってもロングランを続けている。

 インド系移民でイギリスに住む18歳の女の子ジェスは、ベッカム命!! と憧れ、自分自身もサッカー選手になる夢を持っている。ところがそんなおてんばジェスに母親は眉をひそめる“私が貴方の年にはもうお嫁に来ていたのよ”と。反対にジェスの姉は、エリートインド人との結婚にこれまた命をかけている。ある日、いつものように公園で男の子達に引けを取らずプレーするジェスは、同じ年のイギリス人の女の子に出会う。彼女はジェスを少女サッカーチームに誘い、同じ夢を持つ二人は急速に仲良くなるが…。

  うれしいことに、ベッカム人気に便乗してか、日本でも上映が決まったらしい。サンクス!ベッカム!! 夢に向けて頑張るスクリーンの中のジェスに、舞台挨拶で姿を見せたChadha監督の健闘が、オーバーラップされる。女性監督でしかもアングロインド人という、イギリス映画界では明らかにマイノリティ。明るい最後のシーンのようにこの監督の飛躍は、まだまだこれから、かもしれない。

**その他の作品**

日本からは“カタクリ家の幸福”と“ほの暗い水の底から”どちらも観客の反応はかなりよし。

The Marriage Certificate”中国のコメディ。13歳の少女の目を通して、結婚証明書が見つからないために起こる夫婦(両親)の危機(?)を描く。中国の急激な変化も面白おかしい。

“ナビゲーターある鉄道員の物語”イギリス おなじみのケン・ローチ作品。日本では8月24日から(銀座シネラセットにて)ケン・ローチ映画祭で上映予定とのこと。いつものケン・ローチ節がじっくり味わえます。

I Go Home”フランス/ポルトガル すべてを説明しすぎる映画が多い中で、この映画は、説明部分を極力削ぎ落とし、役者の演技とカメラワークで見せる。劇中劇が効果的だ。

Secret Ballot” イタリア・イラン 早朝、飛行機から大きな木箱が砂漠に落されるところから始まる奇妙な世界。みんな一生懸命なのに何故かほのぼのおかしい世界。映像は詩的で美しい。

Sisters” ロシア ギャングの父親を持つ姉妹の逃亡生活。親がダメだと子供は自然としっかりしてくるんだね? 少女二人がめちゃめちゃ、かわいい。

Stones” スペイン 今注目のスペイン若手監督の一人、Ramon Salazarが描く、5人の女性の生き様。それぞれの世界で生きる彼女達がスペインの夜にひとつの物語になる。素晴らしい女優陣に大拍手!!

ドキュメンタリーでは-

Georgie Girl” ニュージーランド もとマオリ族の男性で性転換をした、ジョージ-は現役のニュージーランドの国会議員であり市長でもある。彼女は毎日忙しく公務を続ける。その存在だけでもかなりのインパクトだ。

Lost in La Mancha” UK 監督テリー・ギリアムの夢は‘ラ・マンチャの男’の映画化だ。ジャン・ロシュフォート、ジョニ-・デップと配役交渉も進み、衣装なども出来ていくが…。ハリウッドの裏を垣間見る、かなり哀しい結末。

などなど。

参考に観客が選んだトップ10(ステートシアタ-・フューチャーのみ)

1. Bend it Like Beckham (Dir Gurinder Chadha) UK

2. The Laramie Project (Dir Moises Kaufman) USA

3. The Navigators (Dir Ken Loach) UK

4. Minor Mishaps (Dir Annette K Olesen) Denmark

5. Borders (Dir Mostefa Djadjam) France

6. Cabiria (1914 silent film, Dir Giovanni Pastrone) Italy

7. Red Satin (Dir Raja Amari) Tunisia/France

8. Swing (Dir Tony Gatlif) France

9. Abandoned (Dir Arpad Sopsits) Hungary

10. Donnie Darko Dir Richard Kelly) USA

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07/20/2002

肉屋三兄弟と‘ただいま休暇中’ガイ・ピアース

(この文章は2002年7月にニフティG'day from Downunderに掲載されたものです。)

最近、私の周りではキアヌ-を見たという人続出!!もともと放浪癖があると噂のキアヌ-は、昼夜問わずシティ周辺に出没しているらしい。多くのハリウッドスターと同様、またはそれ以上に、気ままに裸足で外を歩けるこの国が気に入ったのかも。ちなみに“マトリックス2”は今日(7月7日)、シドニー上空(ヘリ)でクライマックスの撮影だったらしい。

 以前“ビューティフル・マインド”のプロモーションで日本を訪れたラッセル・クロウが空港でプロレスラーに間違われたとか…わからないでもない。コンビニから出てきた裸足のラッセルをフォーカスした雑誌があったが、どこにでもいるオージーのオジさんそのものだった。(それはラッセルのお腹が出てきたというスクープだった)オージーの俳優達は、普段はまったく素顔のまま、気取らない人が多いようだ。そして、オージーサラリーマンと同じように、私生活を大切にしている家庭人が多い。特に最近、“メメント”“タイムマシーン”、“モンテ・クリストフ”とハリウッドでも大活躍のガイ・ピアースは、幼なじみの奥様と娘さんとの家庭第一!という姿勢を崩さない。彼は(休暇前)最後の映画“ハード・ワード”をメルボルンベースで撮影後、セント・キルダという故郷の町に帰り、今は1年間の休暇中。脚本も回してくれるなと堅くお休み宣言された?ロスのエージェントにはオファーの電話が鳴り続けているという。

休み中は大好きな音楽活動(作詞作曲もこなす彼の音楽は趣味の域を越えている)や、家族サービスでのんびりするとのこと。

今でも放映され続けているテレビドラマシリーズ“ネイバーズ”や“ホーム・アンド・アウェイ”などに80年代中半から出演し人気者となった。その後“プリシラ”のチャーミングな演技で一躍世界へ。ラッセル・クロウと共演した“LA・コンフィデンシャル”でしっかりとした演技力を認められ、ハリウッドからのオファーも絶えない。しかし家族と一緒の時間を大切にしたいとオーストラリア映画にもこだわっている。“ハード・ワード”は、脚本家スコット・ロバーツ(デニス・ホッパーのカルトムービー、“アメリカン・ウェイ”の脚本)の初監督(もちろん脚本も手がけている)作品。肉屋の息子3兄弟は、銀行強盗で監獄に入っているが、悪徳弁護士とまたまた一儲けを狙う。ターゲットはオーストラリアで一番大きな競馬、メルボルン杯の日。ブラックユーモアたっぷりのクライムコメディだ。

アメリカのヒットテレビシリーズ“6フィート・アンダー”(これはおもしろいぞ!葬儀やさん一家の話)で人気上昇中のオージー女優のレイチェル・グリフィスが共演。ストーリーは単純だが、会話がおもしろい。特にタイトルのハードワードとは昔からお肉屋さんが使っていた隠語らしい。発音だけ聞くとドイツ語の様に聞こえる。たとえば、牛ヒレ肉を求めに来た客の前で‘(牛ヒレ品切れ)れぎなし、レヒ、うぎゅ’というように、ローマ字をさかさまに読む。余程の訓練がいるのではと思うが、今でも時々使うと近所のボンダイの肉屋さんは言っていた。タランティーノとソバーグを足して2で割ったような速いテンポとスタイリッシュでノリの良い音楽…なのだが、反対に私にはそれがちょっと期待はずれ。洗練されすぎてカッコ良すぎるのだ。せっかくメルボルン、シドニーで撮ったオーストラリア映画ならもっと、ダサさが欲しかったなあ(といったらオージーからは怒られるだろうが…)。ガイ・ピアースの弟役の二人、ジョエル・エガ-トンとデミアン・リチャードソンがかなりイイ。要注目!!

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05/20/2002

若きオーストラリアの悩み

(この文章は2002年5月にニフティG'day from Downunderに掲載されたものです。)

今年2月のベルリン映画祭で、鮮烈なデビューを飾ったオーストラリアの若手監督イワン・センの長編デビュー作品 Beneath Cloudsがやっと先日、豪で公開の運びとなった。 同映画祭ではプレミア・ファーストムービー賞受賞および、主演のダニエル・ホールがベストニュータレント賞を受賞した。

  ダニエル・ホール演じる少女の名前はレイナ。青い目と白い肌を持つが、アボリジニの母とアイリッシュの父とのハーフである。彼女は母親と弟と小さな田舎町に住んでいるが、たった1枚の絵はがきから、シドニーのどこかで暮らしていると信じている英国人の父に憧れと望みを託している。 レイナはある日とうとう、家を飛び出し、ほんの少しのお金とバックパックに父親の写真を入れて、シドニー行きのバスに乗り込む。途中の休憩場所でバスに乗り遅れたレイナは、そこでやはりシドニーへ向かおうとしている少年、ボーンに会う。多くのアボリジニの若者と同様に、彼もまた自分の中で膨れ上がる世間の矛盾と欺瞞に対する怒りをぶつける何かを探している。車を盗んで少年収容所にいた彼は、面会に来た姉から、母親が危篤だという事を知らされ、母に会うため夜中に脱走し、警官から追われている身だった。

  ジェ-ン・カンピニオン以来の逸材といわれるイワン・セン監督は、主人公の少女レイナの姿を自分の少年時代にオーバーラップしている。彼も同じくアボリジニの母を持つが、肌の色が白いがために、彼より黒い肌を持ちアボリジニとしてのプライドを持ついとこからは白人扱いされ、時に自分の居場所をどこにも見つけることが出来ないという焦燥感を味わったと言う。3人兄弟のまんなかだったイワンは、母に連れられて街に引っ越した後でも、レイナとは対照的にアボリジニ独自の文化に興味を持ち、未だに母の故郷であるタムワースには‘親戚’を訪ねてよく帰るのだとか。

  母親の再婚相手が地方新聞の編集者だったことから、スティール写真に興味を持ち始め、大学で写真を学んだあと、AFTRS(国立フィルム&テレビ・ラジオ学校)に入学、卒業時に作った短編は数々の受賞をするという、いわばエリートである。そして、学生時代に知り合った仲間達がこの映画の製作スタッフでもある。作曲までこなすという監督は、映画作りが心底好きなのだろう。細かい部分までこだわって、とても丁寧に作り上げている。

  まったくの素人の起用という主人公の二人(レイナ役のダニエル・ホールとボーン役のデミアン・ピット)に監督は多くのセリフを語らせない。淡々として寡黙なロードムービーである。だが、作品自体は多くのメッセージを発散している。若者二人がアイデンティティを探し歩く姿は、大きくも小さくも見せていない、まさしく今のオーストラリアの姿なのだと思う。多民族の移民国家と既になってしまったオーストラリアは今後どうしていったらよいのだろう? 最後のシーンは象徴的。未来はレイナ(私達)の踏み出した一歩にかかっているのだ。

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04/02/2002

一日65㌔の家路!! ラビットプルーフフェンス

この文章は2002年4月にニフティ'G'day from Downunder'に掲載されたものです。

オーストラリアは多民族国家であり、多文化の融合が実にユニークなひとつの国を作り出している。だが、この地には、最初の移民が始まるずっと以前から先住民(アボリジニ)が独自の文化を持って暮らしていた。イギリスが入植を始めた1788年、オーストラリアに住んでいたアボリジニの人口は30万人。彼らの歴史は三万年以上と言われている。しかし、残念ながら現在、シドニー街中でアボリジニの姿を見かけることはまれである。

そして今、大きな社会問題となっているのが、アボリジニへの謝罪問題である。イギリスの殖民地政策のため、多くのアボリジニが他の土地への移動を余儀なくされ、土地を争い戦う者は命を落とし、また多くは免疫のない流行風邪のような病気に倒れたりもした。豪連邦政府による‘Stolen Generation’(盗まれた世代)は、つい20年ほど前まで続き、この後遺症がトラウマとなっているアボリジニも多いと聞く。この盗まれた世代をテーマとした映画“Rabbit Proof Fence”が、公開され話題となっている。 

  “Rabbit Proof Fence”は、幼い3人のアボリジニの女の子(モリー、デイジー、グレーシー)が遥かなる家路をたどる物語である。モリ-の娘ドリス(65)が書いた実話をもとに映画化された。

監督は、12年ぶりでオーストラリア映画界に戻ってきたフィリップ・ノイス。“パトリオット・ゲーム”“ボーン・コレクター”“今、そこにある危機”などハリウッドで活躍中のオージー監督である。すばらしいカメラワークは、ウォン・カーワァイ監督作品でお馴染みのオージーカメラマン、クリストファー・ドイル。

最後に画面に映るモリーは85歳、妹のデイジーは79歳である。時は1931年、モリーが15歳、デイジーが9歳に遡る。西オーストラリアのジガロングで母、祖母らに囲まれて暮らしているが、その頃政府は、アボリジニに対して同化政策をとっていた。先頭に立って指揮するMr.neville(ケネス・ブラナーはまり役)を始め、多くのイギリス人が、アボリジニの子供も白人社会に入り、そこで結婚すれば、その子供、または孫はだんだん肌の色が薄くなり、白人になるという、同化説を信じていた。その為、特に父親が白人で肌の色の薄い子供達を中心に白人社会に同化させようと、まだ生れて間もない子供すらを母親から引き離し、施設に入れ教育していたのだ。後に言われる‘盗まれた世代’である。

  モーリーの母や祖母達は引き離されることを恐れ、子供を隠しながら生活しているが、とうとうある日、モリーと妹デイジー、いとこのグレーシーは連れ去られ、2500キロ以上も離れたムーアリバーの施設に入れられる。そこでは自分達の言葉は使うことを禁止され、英語を使うように、また教会でのお祈りや歌などを強要される。そんな中、モリ-は母のもとに戻るため、妹といとこを連れての脱走を決心する。幼い3人に過酷な砂漠の旅は果てしなく続くようだったが、ジガロングへと続く(世界一長いといわれた)ウサギよけの柵(Rabbit Proof Fence)を一縷の望みとし、母の元へと歩きつづけるのだった。

  映画は、モリ-とデイジーが無事、母のもとに帰りつくところで終わるのだが、モリ-はその後再び同じ施設に連れ去られ、再び脱走をしている。その娘で原作者のドリスは、4歳の時にやはり母モリーと引き離され、25年後やっとの再会を果たしたという。

モリ-が今も住んでいるジガロングの村は人口300人。この映画のプレミエ上映には他の村からもたくさんの人々が集まった。監督のフィルはこの日、モリ-とデイジーにニューヨークからお土産のパフュームを持って参上した。カルバン・クラインの‘エスケープ’だったそうな…。

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03/02/2002

ブラックホークダウンとチョッパー

この文章は2002年3月にニフティ'G'day from Downunder'に掲載されたものです。

なぜ人間同士が殺しあわなければならないのだろう。昨年の9月11日のテロは、地球全体を震撼とさせた。だが実際それ以前から、そしてたった今でも世界中のどこかで殺戮は繰り返されているのだ。ただ、私達に見えていないだけだ。

“ブラックホークダウン”でデルタフォースのタフガイを演じたオージー、エリック・バナはインタビューに答え、‘僕は小さい時から戦争映画を見て育ってきた。でも、この映画のソマリア内戦はまったく違う、近代的な市街戦で、あまりにも自分にその知識がないことで腹が立つくらいだった。でも僕だけじゃない、ほとんどの人が知らないんだ。そこにこの映画を創る意図があったともいえるけど…’。彼を始め兵士を演じた俳優達は実際に軍に入り、本当の訓練を受け、本物の兵士達と寝食を共にしたという。

監督のリドリー・スコットは“エイリアン”“ブレードランナー”で一躍有名になったあと、‘現代社会の悩みを描く映画が撮りたい’と語っている。昨年の“グラディエーター”も大ヒットとなったが、むしろこの“ブラックホークダウン”こそ、彼が永年撮りたかったものであり、今までの総決算と言えるのではないかと思う。

ダイナミックで臨場感溢れるも静かな映像…。ブラックホークと呼ばれる黒いアメリカ軍ヘリコプター数基が、白く美しい海岸線上を市街地にむかうシーンはパワフルで底知れない緊迫感がある。そして、そのあと観客は一気に戦争の真っ只中に無防備に放り出されるのである。無防備であると言うのは先述の私達の‘知識の乏しさ’からきている。映像があまりにリアルなため世論を騒がせたが、実際戦争ではたくさんの人間が殺されているのだ、目を背けたくなる事実が起こっているのだ。

シドニーでのプレミア上映に、エリック・バナが黒いドレッシ-なジャケット姿で現れた。人込みの中でもひときわ目立つ長身。映画の中でもアメリカ俳優ら、しかも有望株に混ざり、人一倍でかくタフガイの美味しい役どころのバナ。1968年メルボルン生まれのオージーでクロアチア人の父とドイツ人の母を持つ。映画デビューは2000年の豪映画“チョッパー”(日本ではビデオ発売)。長い刑務所暮らしで、他の刑務所への移動を企み、自分の耳をChop(切った)したところから、チョッパ-と呼ばれる男の話。‘チョッパー’ことリード本人が書いた原作の映画化で、オーストラリアでヒットし、バナは一躍、<テレビコメディアン>から<映画俳優>となった。人を殺すことをナンとも思っていないような男。全身にタットゥ-を入れ自分を切り刻むことすら出来そうな男をバナは、怖いし不気味ではあるがなんとも憎めない男として熱演した。このキャラクターはかなり強烈で、エリック・バナ=チョッパーのイメージがなかなか拭えないのでは…と思っていたのだが、かなりあっさりと裏切られたと言って良いだろう。(嬉しい裏切りである!)

“ブラックホークダウン”の最後の部分で、彼は立って食事をしながら‘まだ仲間が残されている、誰かが行かなくては…’と戦場へむかう。止めど無く涙が流れた。誰かが武力を持っていくことが果たして解決方法なのか否かは定かではない…が、他に方法があるのだろうか? 私達に出来ることとはなんだろうか? と考えさせられる場面である。

バナは近々、アン・リー監督のもとあの“超人ハルク(邦題未定)”の撮影に入ると言う。

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02/02/2002

炸裂、全開オージーパワー/ゴールデングローブ賞

この文章は2002年2月にニフティ‘G'day from Downunder’に掲載されたものです。

開会式で予期せずスティーブン・スピルバーグの名を聞いてびっくり!!のソルトレーク冬期オリンピックが今日から始まった。二年前のシドニーオリンピックでは得意の水泳を始め、たくさんのメダルを獲得したオーストラリア勢であったが、冬のスポーツはどんなものだろうか? パワー全開に期待したいが。

さて、一足先にオージーパワーが炸裂したのが映画界、このところオーストラリア勢の活躍には目を見張るものがある。アカデミー賞の前哨線とも言われるゴールデングローブ賞、59年目を迎えたこの賞の過去を振り返っても、これほどたくさんのオージーが壇上に上がったのは初めてだ。

まず、ミュージカル・コメディ映画部門作品賞受賞の“ムーランルージュ”。監督賞のバズ・ラーマン。同映画の主演ニコールキッドマンが、ミュージカル・コメディ部門での主演女優賞を“誘う女”に続き二回目の受賞。そして、ドラマ映画部門主演男優賞では“ビュ-ティフル・マインド”で“グラディエーター”とまったく違った面を見せたラッセル・クロウ。‘グッダ-イ!ハ-アイヤ?(こんちわっ、元気か~い?)’とオーストラリア訛りでかました彼、実はニュージーランド生れのキィウィなのだが、そろそろオーストラリアの市民権が取れるらしい。

ミニシリーズテレビドラマ部門では“ライフ・ウィズ・ジュディガーランド”でジュディ・ガーランドを演じ、絶賛されたベテラン、ジュディ・デイビス(“神を訴えた男”ではビリーと息の会ったところを見せてくれた)が主演女優賞。同テレビ部門の助演女優賞で“6 Feet Under”のレイチェル・グリフィスが、‘私の素晴らしい故郷オーストラリアに感謝…’と挨拶をした。その他、惜しくも受賞は逃したもののノミネートされていたケイト・ブランチェット、ヒュ-・ジャックマン、サイモン・ベイカー…み-んなオージー。

ゴールデングローブ賞を見ただけでも、テレビ、フィルム界はかなりオージー化が進んでいるのだ。

また、話題のデビッド・リンチ監督作品“マルホランド・ドライブ”主演のナオミ・ワッツも、イギリス生まれだがシドニー育ち。彼女はあの“リング”のハリウッドリメイク版の主役にも抜擢され、ますます今後の活躍が期待されている。(日本でもブレイクするかもね)

おまけにもうひとつ、日本でも人気のテレビコメディ“アリー・マイ・ラブ”にレギュラー出演が決まったバリー・ハンフリーも、オージーのオヤジ人気コメディアンだ。正確に言うと、出演依頼があったのは彼の演じるキャラクター、ディム・エドナおばさんの方らしいが、これまた絶対おもしろいこと請け合い。お楽しみに!

こうやって、素晴らしい才能がギャラの良いハリウッドに流出しているのでは?と考えると話は深刻になるが、今日のところは快挙とみなしてお祝いしようっと。  チアーズ!!

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01/02/2002

棘もあり、悪臭ありの人間ドラマ“ランタナ”の快挙

この文章は2002年1月にニフティ‘G'day from Downunder'に掲載されたものです。

なんと言っても2001年の最後を締めくくるのは、この映画を置いて他にはないだろう。年末総決算のAFI(オーストラリアン・フィルム協会)賞で、“ムーランルージュ”などの強豪を押しのけて、最優秀作品賞、監督賞(レイ・ローレンス/久々、そして待望の映画界復帰です!)、主演女優(ケリー・アームストロング)、主演男優(アンソニー・ラパグリア)、助演女優(レイチェル・ブレイク)、助演男優賞(ヴィンス・コロシッモ)など14部門で総なめ受賞。年を明けてもロングランを続ける、本年のオーストラリア映画の快挙と言って過言ではない。

タイトルの“ランタナ”とは、植物の名前。日本ではあまり見かけない花だが、オーストラリアでは庭や生垣などに植えられていることが多く、小さな花が集まってアジサイの様にひとつの丸い花を作っており、きれいな黄色とピンクと橙が混ざったような色の花をつける。広辞苑によると黄色からピンク色へと花の色が変わるところから、七変化草とも呼ばれ、葉や茎は悪臭を放ち、棘も持つという、きれいな花に似つかわしくない、否、似つかわしい面を併せ持った植物の様だ。タイトルに代表される様にこの映画は、一見平凡で幸せそうな4組のカップルの、実は棘あり、悪臭あり…といった話。

そして、ランタナの花咲く、草薮の奥に放置された死体から始まる物語は、調査を始めた一人の刑事(“The Bank”でも好演のアンソニー・ラ・パグリア)を中心にそれぞれのカップルの関係、過去、秘密、裏切りを暴いていくという、心理スリラー。

コメディには古くから実績があるオーストラリア映画。しかし、のんきで明るい国民性に反して何故か、“The Boys”や“Heads On”など、最近、良い成績を収める映画は、ストーリー画像共に、底無しに暗いものが多いのも確かなのだ。この

“ランタナ”も全体的に夜のシーンが多く、クラ~いのであるが、シニカルなユーモアを交えて、どちらかと言うと淡々としかも優雅に人々の心の迷宮に入りこんでいくと言った感じだ。そして、じわじわと日常生活の中に転がっている不条理を考えさせられる。

誰もがきっと、登場人物の誰かしらに自分が、あるいは自分達カップルが当てはまる、もしくは身近に誰か似た人がいると感じるに違いない。この頃ちょっとマンネリ… や、私達ってこれでいいのかしら? というカップルのデートにはうってつけの映画かもしれない。映画を引き金に、普段は話さないような自分達の関係について語り合ったり出来ると、カップルの動員(特に女性が男性を誘って見に行く)を促したのも、成功した要因のひとつだろうか。映画の後の口論でお別れ!離婚!なんていう、寝た子を起こすようなケースがなければ良いが… ま、それはそれで気づいて良かったってことか?!

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11/07/2001

神様を訴えた男、ビリー・コノリー

この文章は2001年11月にニフティ‘G'day from Downunder'に掲載されたものです。

シドニーが位置するニューサウスウェールズ州は夏時間を採用している為、毎年10月最後の土曜日深夜に、1時間時計をすすめなければならない。そして、10月31日ハロウィ-ンの‘お菓子くれなきゃ、いたずらするぞぉ~~~’の声が巷に響き、いよいよ本格的な夏がくる。急に夜は8時頃まで明るくなり、家に帰るのももったいない感じ。そこでうろうろしていると、一転にわかに掻き曇り(ベンベン!)青天の霹靂。今までの青空がうその様にゴロゴロいいだし、夕立、そして雷雨。‘あーあ、降る前に帰れば良かった’と言うことがしばしば、である。雷はシドニーの夏の風物詩だ。時には落雷が山火事を起こしかねないのだが、ここオーストラリアには、種子が火で燃やされないと発芽しないという変わった植物もあるそうで、人類だけの地球ではない、自然の大きな力を痛感させられるのだ。

 今、全豪で公開中のオーストラリア映画、‘神を訴えた男’(原題直訳:‘The man who sued God‘ 監督Mark Joffe)は、夏のある日の落雷から始まる物語。ビリー・コノリー主演のラブロマンスコメディ、しかも法廷ものでもある。スコットランド出身のビリー・コノリーは、オーストラリアでも活躍する人気コメディアン。自分で“僕は時々演技もするコメディアンであって、時々コメディアンになる俳優ではないのだ、でも…そうなりそうなのだ!”と心配するほど、ここ5年間に急に俳優業の依頼が増えているらしい。イギリス映画‘スティルクレージー’(98 監督グライモン・ギブソン)で、あのバンドのバスを運転し、バンジョーを弾いたりしてた人だ。かなり強いスコットランド訛りが渋いイイ味出している。

  現役引退した弁護士で今は漁師のスティーブ(この現実離れしたキャラクターもビリーが演じると不思議とはまってしまう)は、ある日、生計の糧であるロブスター捕獲船を目の前で、突然の落雷によって失い、自分も足に大けがをしてしまう。早速、保険会社に出向いて保険料を請求するのだが、保険会社には天災(神様の仕業)だから払えないと門前払いされてしまう。納得のいかないスティーブは、考えに考えた挙句、神様を訴えることに…。この突拍子もない発想はマスコミを煽り、世界中が話題とするところとなるが…。

  つい最近、‘The Bank’で、銀行に復讐したばかり?のオーストラリア映画だが、次なる相手は保険会社か?! 実際、この“神様の仕業”なる規約に泣かされる人々は、かなりいるようで、察するに保険会社はたぶん、銀行よりもっと敵が多いに違いない。(人気の理由のひとつかも…)しかし、ただ裁判の行方を追うというよりは、ジュディ・デイビス扮するところのジャーナリストとスティーブの間の、大人の恋の行方の方も気になるところ。二人のセリフの間合いが実に巧妙。 最後はあまりにすべて丸く収まってしまって、物足りない気もするが…。

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09/07/2001

銀行への復讐ファンタジー、THE BANK

この文章は2001年9月にニフティ‘G'day from Downunder'に掲載されたものです。

9月6日のシドニー公開に先駆け、ポップコーンタクシーで“The Bank”と言う映画を見た。監督ロバート・コノリーはAFTRS、オーストラリア国営フィルム&テレビ・ラジオ学校の出身。初監督作品だが、実は彼、映画界の新人ではない。今年のゆうばりファンタスティック映画祭のヤングコンペ作品、サマンサ・ラング監督 “ポエトリ-、セックス”など、プロデューサーとして手がけた作品は多く‘99には雑誌 Varietyの‘今後注目すべき若手プロデューサートップ10’に選ばれている。

  “The Bank”は、豪映画に珍しい心理スリラーもの。お得意の皮肉とブラックユーモアたっぷりに、コンピューター犯罪という大きなテーマに挑戦している。この前に紹介した“ロシアン・ドール”でも活躍のオーストラリア俳優、デビッド・ベンハム扮するところのジムは、天才的頭脳の持ち主。しかも日本語もぺラペ~ラ?(日本人俳優モロ君との掛け合いは不思議なニホンゴ)その頭脳を活かし、コンピューター上で金融市場を予測することが出来る方式を見つけだし、ある大手銀行の頭取に接触する。銀行側は金融市場を的確に読むことが出来れば大もうけが出来る、とジムにその解明をさせようとし、彼を雇うのだが…と、本当にありそうな空恐ろしい話である。CGを使ったコンピューター画面もなかなか美しい。

  ‘アンチ・バンクの映画を作りたかった’と豪語する監督ロバートは、一般公開の2週間前にロバートのホームタウンで行われた試写で、頭取がライフルを突きつけられ、追いかけられるシーンに大歓声が上がったと言う反応にご満悦の様子だ。‘誰でも銀行で長い間、待たされたり、自分のお金をおろすのに手数料取られたりって言うことに少なからず不満があるんだよね!これはそんな銀行に対して、僕が出来る小さな復讐ファンタジーさ’。 アルフレッド・ヒッチコックの大ファンだとも言う監督、所々にオマージュとも思われる巨匠からの影響を垣間見ることが出来る。robert_conolly

  オーストラリア映画は日本映画と類似している要素を多く持っていると思う。ハリウッド映画のような大仕掛けはなく、家内工業的である。予算のことばかり言いたくはないが、現実的に予算は一番に考えざるを得ない条件のひとつだ。“The Bank”は5百万ドル(3億円強くらい)。オーストラリアのインディペンデント映画の中では、かなりの高予算であるが、それでもオーストラリアのハリウッド映画、マトリックスやミッションインポッシブルとは、まったく違う土俵だ。違う土俵でも、観客が同じ料金を払って見るのだから、対等に勝負しなくてはならないということだろう。然して、予算内で撮り終える脚本内容に知恵を絞ることになるのであるが、当然制約も多くなり、金要りなテーマはハリウッドに任せておこう、という結果になりがちである。そう考える時、このハリウッド的テーマに挑戦したロバートコノリーに、監督と言うより、プロデューサーとしての器量を感じてしまうのは、私だけではないはずだ。

(写真左コノリー監督、右編集ニックメイヤー)

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堂々の2年目!アジアパシフィック映画祭

この文章は2001年9月にニフティ‘G'day from Downunder’に掲載されたものです。

今年は4年に一度の国税調査の年で、調査の紙が届いた。どこの国で生れたか? 家では何語を話しているか? などの質問が続き、移民の国にいることを感じさせられる。4年前の調査によるとオーストラリア以外で生れた人の数は全体の30%、家で英語以外の言語を話す人は24%以上を占めている。1788年からの歴史を持つ入植は、おもしろい多民族・多文化国家を作り出した。70年代以降は、特にアジアからの移民が急増している。セカンドジェネレーションズ(第2世代)と呼ばれるその子供達が、行ったことのない母国の文化を守りつづけていたりする。

  昨年から始まったアジアパシフィック映画祭が、8月9日から18日までシドニーチャイナSAPFF タウンのリディングシネマで開催され、2回目の大成功を収めた。特筆すべきは、映画祭の発起人であるディレクターのポールとジャニータを初め、スタッフ全員がボランティアであること。その多くは2カ国語を操るアジアンオーストラリアンの第2世代である。アジアにはたくさんの良い映画があるのになかなか観ることが出来ない…それならば!と、彼らのアジア映画に対する並々ならぬ情熱とこだわりが映画祭を実現させたのだ。

  今年は上映数も15本に増やし、観客数も5千人を数えた。オープニングは、チャウ・シンチ-監督・主演作の“少林サッカー”。どうしても見たかった一本なのに、あっという間にチケットが完売し、残念無念の断念。チャウ・シンチ-氏には東京ファンタ映画祭でお会いしたことがある。香港からのマスコミに楽屋まで追いかけられ、お疲れなのに‘僕は大丈夫’と返してくれた握手が女性のそれの様にソフトだった。この人のどこからあれだけのコメディパワーが出るのだろうか。ちなみにこの映画が、今映画祭の一番人気であった。  

   上映作品の制作国もバラエティに富んでいる。黒澤映画を髣髴させる大戦乱シーンの“BANG RAJAN”はタイ。シンガポールのコメディ“CHIKEN RICE WAR”、 台湾はスタイリッシュなニューウェーブ“MIRROR IMAGE”。音楽が素晴らしい“SPINNING GASING”はマレーシア。韓国はイム・サンスーの“TEARS”、日本からは“スペース・トラベラーズ”。その他中国、カンボジア、インドネシア、スリランカ、フィリピンと、普段なかなかお目にかかれないラインアップだ。また、ジャパニーズオージーの応募がなかったのが残念だという、第2世代監督達の短編によるコンペティション部門‘ショート・スープ’は入場無料である。

   クロージングは、幻のオーストラリア香港映画“ホンコンから来た男”(’75)。バリバリの70年代ファッション、典型的香港アクションなのに、ほとんど全編オーストラリアで撮影されたと言う代物である。若いサム・ハン・キンポーがチョイ役で顔を見せ、エアーズロックでの空手やカーアクション、お決まりの厨房での格闘、ちょっぴりお色気もありとサービス万点。かなりイケル!!香港映画ファンには見逃せない絶品である。上映後の監督によるQ&Aでは、‘10回以上見ました’と言う香港映画オタクのオージーもいて、映画祭は最後の最後まで盛り上がったのだった。Brian4

←“香港から来た男” 監督ブライアン・トレンチャ―ドスミス

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08/07/2001

ロシアンドールとハリウッドドリーム

この文章は2001年8月にニフティ‘G'day from Downunder'に掲載されたものです。

テレビの日曜映画“グッド・ウィル・ハンティング”を見ていた。この映画を見る度に、マッド・デイモンとベン・アフレックがオスカーをゲットした一瞬が思い出される。若い才能を引き出してこそ、アカデミー賞の存在価値があるのだ。その年、アカデミーへの唯一の期待は、彼らがこの‘出来た’脚本でオスカーを取ることだった。そしてその瞬間、テレビの前で思わず手をたたいて喜んだ。まさにハリウッド・ドリーム。

  オーストラリアでは、一昨年のカンヌ映画祭での表彰が記憶に新しいAFTRS(国営映画・テレビ・ラジオ学校)や、AFC(オーストラリア・フィルム・コミッション)など若い芽を育てる土壌が政府によって作られている。確かにハリウッドは全世界の映画産業において、独占企業的に大きな力を持っている。その為、特に英語圏であるオーストラリアからは、せっかく国がお金を出して育てた人材も、ハリウッドに流れてしまうという問題も抱えている。もちろん、中にはオーストラリアにこだわり、この地での映画作りに懸けている監督、俳優も少なくないのだが。

  オーストラリア映画は、いろいろな局面で日本映画に非常に類似している。ハリウッド映画とはまったく違う、いわゆる‘家内工業’である。6月14日から公開されている“ロシアンドール”は、総予算70万ドル、撮影期間4週間。豪映画の中ではそう驚くほどの低予算であるとはいえないが、底無し予算のハリウッド映画に引けを取らない、とってもチャーミングな大人のラブコメディに仕上がっている。主演のヒュ-ゴ・ウェービングは、撮影中毎日、スタッフと一緒のバンで、そして時にはバスで…現場である監督のアパートに通い、プロデュ-サーのお母さんの手作り料理で昼食を済ませていたそうだ。    

   ナイジェリア生れの移民であるヒュ-ゴも、オーストラリアでの生活を愛し、ここでの映画制作(低予算をも)を楽しんでいる一人だ。この映画の撮影後、600万ドルのブロックバスター映画“The Matrix”の続編、“2”撮影準備の為にLAに飛んだ彼は、奥さんと子供たち(8歳と12歳)に毎日電話をかける日課を怠らない。この“The Matrix 2”も、この後のほとんどの撮影がシドニーFOXスタジオに戻って行われるので、受けた仕事らしい。とにかく、家庭が第一! とのこと。 そういえば、“プリシラ”でヒュ―ゴと共演しているオーストラリア俳優のガイ・ピアース(最近では“メメント”で好演)も、小学校の同級生だった奥様との家庭が第一! って言ってたっけなあ。

   家族と共にバーベキューに舌鼓を打つオーストラリアでの日常生活は、彼らにとって、ハリウッドドリーム以上に魅力的なのに違いない。directorproducers

←監督スタブロス(左)とプロデューサーのアラナー

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07/07/2001

映画三昧と寝不足の日々―シドニー映画祭Part2

この文章は2001年7月にニフティ‘G'day from Downunder'に掲載されたものです。

まだまだ寝不足の日々は続く、シドニー映画祭。35カ国、短編も合わせると約140本もの映画が上映される。日本からは二本(シャレじゃないょ!)。“バトルロワイアル”と阪本順二監督の“顔”。“バトル~”は、ディレクティングで引っ張り、“顔”は役者で引っ張るという、両極端に違う映画だね。こちらでの評判はどちらもいまひとつ。

今回、映画祭ならではの特集は、インドの巨匠Satyajit Ray のAPU三部作。ゲイルがいうように、映画祭にはふたつの役割がある。ひとつはもちろん若い才能、監督の発掘。そして、もうひとつはこのレトロスペクティブ。普段見ることの出来ない埋もれた(?)名作をゆっくり見ることが出来るのは映画祭の醍醐味といえよう。

さて、オーストラリア映画を少し紹介しておこう。“Facing the Music”は名門シドニー大学、音学部長である教授が、政府の大学に対する予算削減と戦うという力強いドキュメンタリー。登場人物全員がキュートで魅力的だ。ドキュメンタリーが多いのも、シドニー映画祭の特徴のひとつ。日本では、ドキュメンタリーというと少々堅苦しいイメージ、お金を払ってみる…という観点では難しいカテゴリーであることは否めない。オーストラリアでは、この映画の監督、ボブ・コノリ-のような才能あるドキュメンタリー作家がいて、制作配給がついて、一般公開すらされる土壌がある。

“サイレント・パートナー”は、撮影7日間、予算$13,500(約90万円!)という過酷な、いや驚異的な条件下、シドニーで撮影された。飲んだくれの二人がドッグレースで大金を稼ごうと試みるが…。そんな二人の生活なので、ドッグレース場と汚い部屋の中だけ。登場人物も極端に少なく、一番高いギャラは、サイレント・パートナー役のグレイハウンド犬のヒーボ君ではないかと想像出来る。

クロージングは例年どおり二本立て。最終日はワイン片手に観ることが出来る、ウ~ン、シアワセ!(普段はロビーのみ) ベルギー映画“Everybody Famous”は、アカデミー賞外国語映画にもノミネートされた逸品。そして、もう1本が豪映画“La Spagnora”。ラ・スパニョ-ラとは、イタリア語で‘スペインの女性’といった意味。60年代のスペイン系移民の母と娘。不思議なユーモアとペーソスが溢れる映画だ。

最後に、今年の私の一押し“Divided We Fall”は、チェコの若手監督Jan Hrebeik の新作だ。昨年は“Cosy Den”で映画祭の観客による投票で1位。今年はこの作品を引っさげて、自ら初の来豪をした甲斐があり、またまた同賞で1位に選ばれた。どちらも戦争と平和の難しいテーマだが、あくまでも優しく、愉しい。‘ライフ・イズ・ビュ-ティフル!!’と感じさせてくれる素晴らしい映画だ。

本年度の観客が選んだベスト10(ステートシアター上映のみ);

1位 Divided We Fall (Czech Republic), 2位 The World of Apu (India), 3位 The Lost World (USA),4位 Pellet(Spain), 5位 When Brendan Met Trudy (UK/Ireland), 6位Pather Panchali (India), 7位 A Time For Drunken Horses (Iran/France),  8位 Aparajito (India), 9位 In July (Germany) 10位 Joint Security Area (Korea).

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映画三昧と寝不足の日々―シドニー映画祭Part1

この文章は2001年7月にニフティ‘G'day from Downunder'に掲載されたものです。

またまた今年も、映画三昧の2週間がやってきた。今年で48回目を迎えたシドニー映画祭(6月8日~22日)の幕開けである。1953年、ユダヤ人やポーランド人など東欧諸国の移民の為に、母国語の映画をシドニー大学構内で上映したことに始まるこの映画祭は、今でも、移民による多文化国家であるオーストラリアならではの、バラエティに富んだプログラムを用意し、多くの映画ファンの支持を得ている。昨年からディレクターを務めるゲイル・レイクは、あのゲイ&レズビアンパレードのディレクターであったことでも知られる敏腕ディレクターである。Gale1smile ご多分に漏れず、この映画祭も予算削減は悩みのタネ。昨年早速、券売システムを変え、チケット売上を大幅に伸ばした。1本、4本、10本単位のチケットを作り、以前より気軽に見られる様になった。一部のオールドファンからは不満も出たようだが、同時にもうひとつの悩みであった、観客の若返りにも一役買ったようである。 

メイン会場となるステートシアターは、劇場そのものの見学ツアーがあるほど、一見の価値あり。14世紀のアールデコやイタリアンゴシックをミックスした豪華絢爛の劇場で、ブロンズのドアだけでも420万ドル…!! 一昨年の映画祭では劇場70周年に敬意を表し、1929年の柿落としであった、クララ・ボーの“The Wild Party”を上映するという粋な計らいもあった。

例年の様に今年も短編映画コンペティションのデンディ賞で幕を開ける。270ものエントリーから最終審査に残った19本の上映と賞の発表である。短編から才能を見出される機会はこの国では五萬とある。9日のオープニング上映は、オーストラリア映画には珍しい心理スリラー“ランタナ”(監督レイ・ローレンス)。上映後のパーティには、ジェフリ-・ラッシュら同映画出演者をはじめ、監督ジョージ・ミラーなどオーストラリア映画界の大御所と言われる人々が一般の観客にまじり、開会を祝った。state_theatre3

乾杯! 寝不足の日々の始まりだ! 

今年のゲストの目玉は、ポールシュレイダーだろうか。“タクシードライバー”や“レイジング・ブル”などの脚本家として知られる彼の監督・脚本作品レアな?3本(“ブルーカラー”78/ “ハードコア”79/ “ライト・スリーパー”91)の上映、そして別枠で本人のレクチャーまである。

毎日、最終の上映が終わるのが大体10時半から11時。冬のシドニー、体調整えて望まねば! 次号へ続く。

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06/07/2001

ムーランルージュ in シドニー?!

この文章は2001年6月にニフティ'G'day From Downunder'に掲載されたものです。

カンヌ映画祭オープニングで話題となった“ム-ランルージュ”が、5月24日から公開となった。全米公開より1週間早い。オーストラリア映画と呼ぶか否かは、争点となるところだが、監督バズ・ラーマン(デビュー作‘Strictly Ballroom’もカンヌで上映された)主演ニコール・キッドマンともに、もちろんオージー。そして全編、シドニーのフォックススタジオで撮影された。撮影時からニコールが肋骨折ったり足くじいたり、その後もポストプロダクションのサウンドに監督が満足しなかったり…で、どんどん公開が伸びてしまった。公開前の週、シドニーッ子のニコールがプロモーションの為にママの家に帰って来た。トム・クルーズとの破局後初めての帰国だったこともあり、マスコミは大騒ぎ。ニコールの実家はFOXスタジオから程近く、撮影中はよく彼女のパパが子供たちを連れて撮影現場に来ていたという。 いつも、衣装を着けたニコールを見て“おまえ、その格好はおかしいよ!”と3人で大笑いするのだとか。そうだろうね、普段一緒に日常を共にしている人が、あの衣装ってのは?!この映画の衣装・セットの豪華さは並ではない!素晴らしい。衣装をじっくり見たい人にはあの編集の超フラッシュカットは、欲求不満になるかも…うふふ。バズ・ラーマンは今回も、現代のシェイクスピアの役割をしっかり果たしてくれた。‘たかが映画、されど映画’と、思いきりがいい。充分遊んでいる、そして充分愉しませてくれる。シドニーとブリスベーンの間、港町ポートマックォーリーからさらに30分位離れたへロンズクリーク。人口110人あまりのこの街が彼の故郷である。ガソリンスタンドを経営していた両親は彼が15歳の時離婚し、その後母親とシドニーへ。ユニークだった父親とこの街での影響は大きい。名前バズ(本名マーク)は、父のニックネームからとった。その父が撮影初日に癌で亡くなった。そんなオマージュがあるのか、次回作はこの小さな田舎町のガソリンスタンドを舞台に撮りたいと構想中、と聞いた。楽しみ楽しみ、である。閑話休題“ムーランルージュ”。エルトン・ジョンからマドンナまで…80~90年代の誰でも知っている歌が次から次へと溢れ出す。ニコールもユアン・マグレガ-も本当に歌っているところが、びっくりだよね?!ユアン(以前コニャック映画祭のパーティでお会いした…酔った彼は日本語で“ホキさんはロマンティックだな~”わかる?ヒント:枕草子)には、実は私、スターウォーズで少しがっかりした、でもこれで盛り返したね。もうすぐパパになるというのに、しっかり無垢な青年を演じ、歌もなかなかだ。奥さんは撮影中、やはり毎日の様にスタジオで見ていたそうな…。二人ともかなりオーストラリアが気に入ってるらしい。

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05/07/2001

リキヤとThe Goddess of 1967

この文章は2001年5月にニフティ'G'day From Downunder'に掲載されたものです。

ナシや栗が店頭に並び始め、空も一段と高く感じる。今年は紅葉がきれいだ。シドニーファッションウィークが先週で幕を閉じた。(5/7~10)期間中、テレビでアキラ・イソガワ氏の名を聞いて誇らしく思っていた。アキラさんはオーストラリアを代表するファッションデザイナー。ケイト・ブランチェットやニコール・キッドマンなどを顧客に持つ。シェフのテツヤさんと並び、豪で最も活躍中の日本人の一人だ。テツヤ、アキラ…つけっぱなしのテレビから、日本人の名前が聞こえると異常に反応してしまう。映画のエンドロールで予期せず日本人の名前を発見するのも嬉しいよね。今年初め、イギリス映画“クル-ピエ”(’98マイク・ホッジズ監督/ 地味だけど、出来た脚本と不思議な緊張感がイイ/ 豪では何故か今年公開)の試写会で、初めて“The Goddess of 1967”の予告を見たときも‘おお~~つ!日本人。だれだれこれ?’と一人盛り上がったのであった。その人の名は…リキヤ。実はこのオーストラリア映画、昨年のヴェネチア映画祭で好評を得ていて、もう一人の主演、盲目の少女を演じたローズ・バーンが、主演女優賞を受賞したことは知ってはいた。しかし、リキヤ君に関してはまったく無知の私だった。黒川力也…1975年生れ。ミラノコレクションなどにも参加するモデルだったんですって?! なかなかきりっとしたサムライ顔で、外国人ウケしそう。早稲田大学在学中プロボクサーを目指していたというナイスバディ!映画出演はこれがデビュー作だそうである。監督のクララ・ローは最初、この役に永瀬正敏をイメージしていたそうだが、確かに彼、永瀬に似た飄々としたムードを持っているが、もっとワイルドって感じだね。goddess_clara2 クララ・ローはマカオ生れ、メルボルン在住の映画監督である。へんなジョークを飛ばす、ご主人でプロデューサーのエディ・フォンとは対照的な、非常にまじめで完璧主義という印象の方だ。(しかし、これがまたイイコンビ!)今作品では、人間の裏側の部分を描きたかったという。東京でペットの蛇達と暮すJM(リキヤ)は、孤独なサラリーマン。ある日、インターネットで、以前からの夢である伝説の車シトロエンGoddessを見つけ、持ち主のいるオーストラリアへとやって来る。ところが、迎えに来るはずの持ち主は、すでに死体になっていた…そこにいたのは盲目の女性。やがて、始まる二人のGoddessでのドライブは、それぞれの過去への旅でもあった。スタイリッシュなカメラワークが素晴らしい!!ポストモダンを代表する冬の東京の冷たい色合いとオーストラリアでのアースカラーが印象的だ。

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04/07/2001

ザ・ロイヤルイースターショ―とクロコダイルダンディー

この文章は2001年4月にニフティ‘G'day from Downunder’に掲載されたものです。

オーストラリアでは州ごとに、祝祭日が異なる。全国共通の祭日は9日間。その中でグッドフライデーからイースターマンデーまでの4日間の復活祭は最も長いお休みである。今年は4月13日がグッドフライデー。13日の金曜日だから?!ビクトリア州では、この時上映中だった“エクソシスト‐ディレクターズカット版”の上映が中止されたらしい。イースターは北半球の国では芽吹きの春にあたり、ウサギや卵やらで、繁栄復活を祝う。ここは南半球、まあ、同様に卵やウサギ型のチョコレートが店頭に溢れかえるが、同時に秋の収穫感謝祭の色合いも濃い。復活祭を挟んで“ザ・ロイヤルイースターショー”が開催される。一言で言うと農業の万博? 馬や牛、豚、羊、ラマ、鶏、やぎ、もちろん、犬、猫も…が勢ぞろい。並みの数ではない、しかも豪全土から、選りすぐられたエリート(?)ばかり。牛だけ1日中見て歩いても、見きれないほど。‘本日産まれたベイビー’コーナーなどもあり、ホントに可愛い。動物ばかりではない!マッチョなおじさん達が、丸太を切るコンテスト(ウッドチョップ・ウィンブルドンと呼ばれてる!)は見逃せないぞ。他国チームと争う、斧がたすき代わりのメドレーリレーもある。すごい迫力!この2週間に豪各地から100万人以上の人が訪れるという。街中を観光する“ベイブ”のお父さんお母さん風の人(豚じゃないよ)やクロコダイルダンディタイプを見かけるのもこの時期。そういえば、今年は“クロコダイルダンディ3”も休みに合わせ公開となった。監督はオーストラリア人のサイモン・ウィンサー(“フリー・ウィリー”)、主演のポール・ホーガンはもちろん、オージー。86年“クロコダイル・ダンディー”の大ヒットでマダムタッソーに、ロウ人形まで作られた彼は、ダンディのイメージが抜けない、ちょっとおもしろい俳優という位置付けかもしれない。が、実は…ちょっとどころではない!めちゃおもろいコメディアンなのである。70年代、一世風靡したバラエティテレビ番組の‘ポール・ホーガンショー’では、カトチャンケンチャン(例えが古くてごめんね)のノリで、女装はするは、裸にはなるわ…ちょっとお下品なシモネタまで。なんでもやっちゃう、ババンバンなのである!しかも、バリバリのオーストラリア訛り、だから、パブでビール片手のマイト達にもおおウケにウケていたのだ。2作目のダンディーから13年が経て、3作目。1作目で恋に落ちたスー(実生活でもパートナーのリンダ・コズロースキー)と一人息子(孫という設定かと思ったのは私だけ?)とノーザンテリトリーの豪邸に住んでいるダンディ。今回はLAに行っちゃうのだ。LAナイズされたスマートなギャグは、ホーガンショーを期待するオージーには、今ひとつだったようだが…。

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04/01/2001

オスカーの行方?

この文章は2001年4月にニフティ'G'day from Downunder'に掲載されたものです。

quills_popcorn2yoko 一億総映画評論家の季節が来た!とは言わないか、ここオーストラリアは人口2千万弱だから…なんてどうでもいいけど。アカデミー賞受賞式がいよいよ今週末と迫った。この時ばかりは、みんな映画評論家になるんだよね。“ショコラ、見た? 絶対ジュリエット・ビノシュだよ!”“時期が悪かったけど、ジュリア・ロバーツだろう!”“グリーン・デスティニ―が最高!”そば耳立てて、街の映画評論家の声を拾うとおもしろい。今年は嬉しいことに、主演男優賞に2人のオーストラリア俳優が入っている。最優秀作品賞候補の‘グラディエーター’の主演ラッセル・クロウ(ニュージーランド生まれだけど)と、オスカー2度目、サド公爵を全裸で熱演のジェフリー・ラッシュ。‘ハート・オブ・ウーマン’のオージー、メル・ギブソンは候補から外れたが(マッド・マックス4に期待しようぜい!)コメディ部門のあるゴールデン・グローブ賞はしっかり押さえていたのでよしとしよう。

ここでご多分に漏れず、私のオスカー予想。まず、最優秀作品賞は、社会派ドラマ、ちょっと盛沢山過ぎるきらいはあるが‘トラフィック’にあげたいところ…でも現実は、わかりやすいところでやはり、‘グラディエーター’だろうか?主演男優賞、もちろんトム・ハンクスの頑張りに文句は言えないが、ここのところは若手、ラッセル・クロウに譲って欲しいよね。このところ、誘拐されるのではとガードを硬くしているラッセルらしいが、オリンピック前には噂のメグ・ライアンと二人で公のパーティにも現れ、トム・クルーズのヨットでクルーズしたり(駄洒落じゃないよ、ホントだよ)。メグと共演の映画‘プルーフ・オブ・ライフ’の公開あたりから、“あれは単なるリップサービスだったのか?”という、噂が流れ、ちょっと目を離したすきに(?)今度は二コール・キッドマンと怪しいゾ、となった。さすがにこれには、トムと別れたばかりの二コールが、きっぱりと否定したのだが…。主演女優賞は、大好きな‘ショコラ’のジュリエット・ビノシュ、といいたいところだけど、悲願のジュリア・ロバーツが固いところでしょうね。助演男優賞は、私的にはサッパリとメキシコの刑事を演じた‘トラフィック’のベ二チオ・デル・トロ。混戦の助演女優は、ウ~ン、難しい、‘あの頃ベニ―・レインと’のフランシス・マクドーマンドも素晴らしかったけれど、地味だけど心に響く演技‘リトル・ダンサー’のジュリー・ウォルターズだな。ちなみに外国語映画賞は、確実に‘グリーンデスティ二―’でしょう。この映画、私のカテゴリーでは半分ハリウッド映画に入るけど、どれだけ賞を取るか楽しみ。これを読んでいる貴方は、もう結果をご存知のはず…。でもさぁ、いろいろ好きなこと言ってる時が一番楽しいんだよね、本当は…。

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03/01/2001

マルディグラパレードとドラッグクィーン

この文章は2001年3月ニフティ'G'day from Downunder'に掲載されたものです。

blue_hair2 “ママミヤ!ママミヤ!”目の前で大好きな豪映画‘プリシラ’さながらのドラッグクイーンたちが、クチパクで踊っている。2月にはいると、シドニーには、美しくも怪しげな(?)人々が、どこからともなく、いや実際には世界中から集まってくる。ゲイ&レズビアンフェスティバルの始まりである。オリンピック閉会式でも紹介されたように、ゲイ&レズビアン文化もシドニーを語る上で避けては通れない大きな役割を担っている。この時期、ゲイ&レズビアン映画祭を始め、ドラッグクィーン運動会や水泳大会(ちょっと怖い…)、その他同性愛をテーマにした演劇、舞踏などのイベントが目白押し。なかでもその集大成と言えるのが、世界最大級のマルディグラパレードだ。今年は三月三日、奇しくもおひな様のその日。パレードに参加するため、日本を含む世界中から、ゲイ&レズビアンの人達がやってくる。もちろん、観光客もオーストラリア国内外から見に来る。今や国民的大イベントとなったこの日を祭り好きなシドニーっ子達も、それはそれは楽しみにしているのだ。あいにく今年は、小雨まじりの天気のため、人出は昨年を下回ったようだが、それでも50万人近くの観客が繰り出している。パレ―ド参加者は約12,000人。観客は、早い人ではお昼頃から、席取りにやって来る。エスキーと呼ばれるクーラーボックスにビールやワインを詰めてきて、通り沿いに陣取り、お友達(ホモダチ?)と話をしながら、パレードのスタートである‘ダイクス・オン・ザ・バイクス’(オ―トバイに乗ったレズビアン)を午後8時まで待つのだ。コースは、シドニーの中心部ハイドパークから、オックスフォード通りをムーアパークまで。約3時間、各団体別に工夫を凝らした山車が大音響を奏で、きらびやかな衣装を身に着けた参加者が踊りながら、練り歩く。かなりの参加者が、この日の衣装や山車のために1年を費やしているらしい。(どこかの国の演歌歌手みたいだね)‘78、まだ社会的な差別を受けていた同性愛者の法的権利を主張して数百人のゲイ&レズビアンがデモ行進を行い、警官との小競り合いで53人の逮捕者が出た、パレードの発端である。20年後の‘98には、初めて警察官の団体が制服姿でパレードに参加し、大きな喝采と拍手を浴びた。毎年、これだけの人出がありながら、大した事故もないのは、警察が多大な貢献を果たしているからだろう。今年は特に‘家族’に焦点を当てたパレード、‘レインボーカラーの子供たち’(同性愛者の子供たち)や、ゲイの親とストレートの子供など、家族での参加が目をひいた。すべての差別や偏見をなくそうという主旨のもと“ハッピー!マルディグラ~!”の挨拶、抱擁とキスがあちこちで見られる。パレード後のパーティは次の日の朝まで続く。

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秋の夜長のトロップフェスト

この文章は2001年3月にニフティ'G'day from Downunder'に掲載されたものです。

1993年、ジョンは自作短編映画を近くのカフェで上映したいと考えた。カフェの名は、トロピカ-ナ。すべての始まりはそこからだった!ジョン・ポ―ルソン。今年2月、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭のヤングコンペティションに長編1作目の“サイアム・サンセット”で参加し、批評家賞を受賞した映画監督である。この作品は、すでに‘99カンヌ映画祭で観客賞も受賞している。また、彼の数々の短編映画は、ロッテルダム映画祭をはじめとした各国の映画祭ですでに高い評価を得ている。彼はまた俳優でもある。といっても日本ではなじみのない名前かもしれない、う~ん、“MI:2”でオーストラリア訛りのヘリコプターを操縦してた人といったら、思い出してくれるだろうか。実は彼、オーストラリアでは、‘トロップフェストのジョン・ポ―ルソン’として、知らない人がいないくらいの有名人なのである。今から8年前、彼がトロピカ―ナカフェでの上映を試みた時、せいぜい50人くらいの観客を予想していたという。ところが、ふたを開けてみると、なんと200人近い観客で、店内はもちろん、カフェのあるビクトリア通りが一杯になるほどだった。次の年は2000人。そして、短編映画祭として全国にトロップフェスト現象を巻き起こし、今ではシドニーだけでも一夜にして10万人の観客を動員する、世界最大規模の短編映画祭に発展した。Crowd_parasol

第9回トロップフェストが2月25日に開かれた。シドニーでは、ザ・ドメイン(以前、御紹介しましたね~覚えてますか?)トロピカ―ナカフェのあるビクトリア通り。そして、メルボルン、ブリスベーン、キャンベラ、アデレード、ホバート、フリーマントルのそれぞれの会場(カフェや公園、ホールなど)には、衛星中継で同じ映像が送られた。昨年を200本も上回る592本のエントリーのうち、最終審査に残った16作品の上映だ。さすがに厳しい競争率を勝ちぬいた16本。それぞれに個性とインパクトがあり、甲乙つけがたい出来であった。若いフィルムメーカーを応援し育てようという映画祭の趣旨に沿って、過去の多くの最優秀賞受賞者が受賞後に資金を得て、長編を撮っている。ちなみに一昨年オーストラリアでヒットした“Two Hands”(おもしろいよ!)のグレゴ―ル・ジョーダン監督は1995年の受賞者だ。今世紀最初のラッキー君(ここまでレベルが逼迫していると、実力のほかに幸運が必要だと思わされる)は、パトリック・ヒューズ。オリンピック聖火リレーのトーチをライターにしてしまうという、奇抜なストーリー“ザ・ライター”は、かなりのブラックユーモアだけど、お茶目な作品である。さて、大忙しのジョン・ポ―ルソンに、“日本はどうでした? ”と聞くと、“アリガトゴザイマ…スタ~”と日本語らしき?言葉で応えてくれた。john_polson

 

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02/01/2001

バックトゥスクール!とアリブランディ

*この文章は2001年2月ニフティ‘G'day from Downunder’に掲載されたものです。

“バックトゥスクール!”1月26日のオーストラリアデ―(建国記念日)の祭日が、シドニーフェスティバルのフィナーレを飾り、長かった夏休みも終わる。“バックトゥスクール!”(学校へ戻れ!)と言う言葉が街中を飛び交う。“バックトゥワーク”(仕事に戻れ)なんて言う声も聞くので、長い夏休みを過ごしたのは子供だけではないことがうかがわれる…うらやましい限りだ。大方の小・中・高等学校は、1月最後か2月最初の月曜日から、新学期が始まることになる。シドニーでは、バスや電車で通う制服姿の児童や学生を良く見かける。それぞれに大きなバックパックを背負っている。アメリカのハイスクールドラマで見るような、自由なファションは見られないものの、制服も結構、かわいいものが多い。どちらかというと、英国調かな。ハイスクールになると、ジャケットとセーターやカーディガン、女の子はパンツとスカートを選べたり、アイテムが豊富にあり、気候やTPOによって自分達で選んでいる。一般的に大人でもあまりお化粧をしないこの国では、高校生でもせいぜいリップクリームくらい。ピアスや髪の色を変えたりするのは比較的自由なので、それぞれにヘアースタイルやアクセサリーを工夫しているみたい。HighSchool1

シドニーを舞台に、ハイスクールの女の子の日常と苦悩を描いたベストセラー小説“Looking for Alibrandi”が昨年映画化され、話題となった。母親役のベテラン女優、グレタ・スカッキが昨年度のAFI助演女優賞、そして主人公、ジョスィを演じたピア・ミランダは、等身大で悩める女の子を自然に演じ、主演女優賞をゲットした。授賞式に真っ赤なロングドレスで現れたピアは、もうすでに完璧な美しい女性であった。彼女が演じるジョスィはイタリア系オーストラリア人、17歳の女の子。シシリーの伝統を引き継ぐ祖母と母親に育てられ、私立カトリックハイスクールに通う奨学生である。自分のアイデンティティに疑問を感じながら、片思いの男の子に想いをはせたり、ライバルの女の子と競ったり…。大人でもなく子供でもない矛盾の年ごろ。そんなジョスィのもとに会ったことのない父親が現れる…。と聞くとチープなソープドラマのようだが、オーストラリアが抱えている移民の問題、若者の自殺、シングルマザーなど、考えさせられるところも多い。しかも、暗くならず、ユーモア交えて明るく描かれているところが、まさにジョスィの生活そのもの。悩みも多いけど、楽しいことはもっともっと一杯あるのだ!! 少ないバジェットや制約の中で、脚本、演出、配役が十二分に活かされた、後味の良いオーストラリア映画だ。

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01/19/2001

シドニーフェスティバルと野外シネマ

(この文章は2001年1月にニフティ G'day from Downunder に掲載されたものです。)

sfyokonight4 シドニーの1月は夏真っ盛り。一年で一番いい月である。そして‘シドニーフェスティバル’(今年で25周年)、お祭りの季節である。毎日、街のどこかで何かしらのイベントがある。だから、仕事をさっさと終わらせて(みんな時計を少し進ませてるんだよ!)家に帰り、シャワーを浴び着替えて、また、軽い夕食をとったりして、夜の街に繰り出すのだ。夜の街といっても歓楽街へ行く訳ではない(行く人もいるだろうが…)。公園や劇場、ビーチなど…。8時半頃、あたりがうっすらと暗くなりかけ、フルーツバット君達の群れがどこからともなく現れて、頭上を旋回し始めるころがイベントの始まりである。

オペラハウスから少し南にボタニックガーデン、さらにその南にザ・ドメイン(王様の領地)と呼ばれる市民憩いの広場がある。クリスマス前の“キャロル・イン・ザ・ド・メイン”を皮切りに、シドニーフェスティバルのイベント“ジャズ・イン・ザ・ドメイン”、“オペラ・イン・ザ・ドメイン”と無料のライブコンサートが続く。毎回10万人を越す人出と報道される。確かに見渡すかぎり、人、人、人のじゅうたんのようだ。良い場所を取るために前日から並ぶ人もいるが、大体、夕方4時か5時頃から、ワインやチーズの詰まった大きなバスケットと、毛布や(中にはマットレスを敷いて本格的に寝てしまう人もいる)それなりにお祭りっぽい光物がついた帽子なんかを持って、ぞろぞろと集まってくる。そして、友人や家族と、ワインやビールを片手による遅くまでリラックスした時を過ごすのだ。

opencinema3 また、断然オススメ、夏の夜の過ごし方のひとつに、屋外シネマがある。こちらは有料イベント。12月からセンテニアルパークで始まる‘ムーンライトシネマ’(大人A$13.5)と、シドニーフェスティバルの‘オープンエア・シネマ’(A$16.5)がある。どちらも2月の中旬まで。もちろんプログラムによるが、シドニーならでは、というのであれば、ボタニックガーデンの‘オープンエアシネマ’がいいだろう。スクリーンの向こうにはオペラハウスとハーバーブリッジの夜景が見渡せ、シーフロントで大画面に向かう気分は最高だ。作品は、古いものから新しいものまでバラエティに富んでいる。1月10日のオープニングは、去年カンヌ映画祭監督週間で好評を得たオーストラリア映画の“MALL BOY”だった。“WOMAN ON TOP”のプレミア上映もある。クラシック派には“お熱いのがお好き”や“シャレ―ド”。見逃しちゃった派には“アメリカン・ビューティー”や“エリン・ブロコヴィッチ”。個人的にオススメはやはり、大画面と海の風を受けての“MI:2”と、オージー、クロウの“グラディエーター”だろうか??ちなみに、“MI:2”の最後のシーンは、ボタニックガーデンである。

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12/19/2000

ヴィムヴェンダースとポップコーンタクシー

(この文章は2000年12月にニフティG'day from Downunderに掲載されたものです。)

glebe セントラル駅の南、シドニー大学がある街、グリーブ。毎週土曜日に小学校の校庭に出るマーケットでは、アンティークや古着、古CDなどの掘り出し物が見つかることがある。朝早く出かけ、いいものをゲットして、ランチは屋台のサモサと、これがまた美味。

街はずれの映画館、Valhalla。毎週水曜夜、いろいろな志向を凝らした上映会を企画している‘ポップコーンタクシー’は、ここで行われる。ポップコーンタクシーとは、本年度のAFI賞でオーストラリア映画興業界に新風を巻き起こしたとしてByron Kennedy Awards という賞を受賞した、イベント集団である。valhallayokolong6

今回は、ベルリン映画祭銀熊賞に輝いた、ヴィム・ヴェンダースの“The Million Dollar Hotel”のプレミエ公開だった。しかも上映後、ロスアンジェルスのヴェンダース氏と、電話で質疑応答をするというおまけ(?)付き。ええっ~ホント? 巨匠、起こすのかあ? シドニーの夜9時半といえば、ロスは夜中の2時半。巨匠、起きてるのかあ? 私の思惑どおり、巨匠は‘あ、すっかりそのこと忘れてた…’状態だったかどうかは定かではないが、とにかく、電話はつながらなかった。ま、よくあることね、この業界では…。ところで、この映画、日本での公開は来年のようだ。U2のBONOが、音楽だけでなく、原案・脚本も手がけている。ちょこッと顔も見せている。(まんま、出てくるので、すぐわかるぞ)ミリオンダラーと言う名前とは裏腹の、場末の汚いホテルに住む変わった住人達…。住人の一人の死から、物語は始まる…。ミラ・ジョボビッチの60年代風おばさんアタマもかわいいのだけど、超ナイーブで壊れそうな青年Tom Tomのアトムアタマ(渋谷あたりで流行るといいな)には、断然負けてしまう。主演のジェレミー・デイビス(TomTom)は、よく見るとオヤジ顔なのに、このアタマが妙に似合っている。今後の注目株だね。ベテラン、メル・ギブソンもスーパー鞭打ちギブスを付けて、アクションなしの渋い性格演技でへんな味を出している。

さて1週間後、私は1通の重要度高!マーク付きemailを受け取った。ポップコーンタクシーからのメイルには、― ヴィムから連絡が入り、先日はごめんね、新居の電話の配置が悪かったせいで旨くつながらなかったけど…(忘れていたわけでは、断じてナイ!)是非、質疑応答をしたい!とのこと。ついては、次の水曜日、プログラムが始まる前の夜7時から8時までロスと電話で質疑応答をします! ただです ―とあった。さすがだね! 巨匠。

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12/18/2000

菊次郎とオペラハウス

(この文章は2000年12月にニフティ G'day from Downunderに掲載されたものです。)

quayyokoviolin6 シドニーといえば、オペラハウス、オペラハウスといえば、シドニー。知らない人はいない観光名所でもある。コラムのお話をいただいた時 ‘余り知られていない所の話を…’と言われたのに、しょっぱなから、思いっきり有名なオペラハウスを題材に選んでしまった。シドニーを訪れて、オペラハウスを見ない人はまずいないといっていいだろう。訪れたことのない方でも、先に終わったオリンピックの画面で、その不思議なデザインの白い建物を目撃しているに違いない。その脇を泳いだり走ったりして、大いに見せびらかしていたからね。このシドニーをいや、オーストラリアを代表するといっていい建築物の設計は、実はデンマークの建築家である。この辺がこの国の面白いところ。メルボルンでは、黒川紀章氏設計のショッピングセンターがランドマークになっているし。まさに多文化国家なのだ。

オペラハウスがあるサーキュラーキーもオリンピックに向け、リニューアルされた場所のひとつだ。オペラハウス側の海岸に沿ってホテル・キー・グランド・シドニーが出来、その1階にお洒落なカフェやブティックがはいった。潮風と太陽を浴びて、ウィンドウショッピングだけでも十分楽しい。そして中ほどに映画館まで出来た。なんと言う贅沢!! DENDYオペラ・キー。そこで先日、“菊次郎の夏”を見た。英語タイトルは“Kikujiro”。日本では7月中旬公開だったので4ヶ月遅れだ。今更、菊次郎はないだろう?BROTHERだろう、BROTHER!と叱られそうだが、それでも海外に住んでいると、大画面で日本映画を見ることが出きるのはラッキー。シルクスクリーンというアジア映画の傑作5本をほぼ月替りで公開する企画のうちの1本だ。(シルクスクリーンは他にシドニーは3箇所で上映)7月がベルリンで銀獅子賞受賞、チャン・イーモウ監督作品“あの子をさがして”8月はサンダンスやシドニー映画祭でも絶賛された“シャワー”(オススメ:泣いて笑って…心温まる映画です!)10月、チェン・カイコ―監督の大河ドラマ“始皇帝暗殺”、そして11月が北野武監督“菊次郎の夏”、12月はアン・リー監督、チョウ・ユンファ、ミシェール・ヨウ(‘95夕張ファンタ映画祭に来日した彼女は控えめで優しく、長~い脚の持ち主だった)出演の“Crouching Tiger Hidden Dragon”と話題作ばかり。どれも見逃せない!って感じでしょ?!観光ツアーも絶対に素通りしないオペラハウス。訪れた際には、すぐ隣の映画館ものぞいてみては?ラッキーだったら、いや、アンラッキーだったらかな、日本映画に出くわすかも…。

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